美味が零れ落ちそうな野菜。秩父市「クチーナ サルヴェ」坪内浩シェフのスペシャリテは、自家農園で収穫したばかりの「季節の野菜サラダ」です。
「種まく料理人」坪内浩さん(1980年生まれ)は、1.3haの畑を耕し、年間150種類を超える野菜を栽培しています。
近年、自家農園を持つ料理人が増えていますが、これほど本格的に、しかも、有機農法、土作りから自家採種によって種を採り、蒔き、自ら収穫する、循環型農業を実践しているシェフ・料理人は、そう多くはありません。

何故、坪内さんが、有機の循環型農業に取り組むことになったか。それは、幼少期に自身が極端なアレルギー体質で苦しんだからだということです。2004年から有機農法に取り組み、2009年から農業に本格参入。地域の自然を活かした栽培方法が坪内さんをアレルギーから解放し、美味しい野菜を生み出しました。

坪内さんが、もう一つ、力を入れているのが養鶏です。純国産品種の「後藤もみじ」を開放鶏舎で平飼いという、ストレスの少ない方法で飼育しています。餌は、この地方で盛んな酒造りから出る米ぬかや手造り豆腐店のおからを主とし、くず米など共に発酵、レストランの端材も利用します。ですから、店には、生ごみというものがありません。
鶏舎から出る糞やキノコの廃木とおが屑などで堆肥を作り、発酵する際に出る熱も種子の発芽に利用、熟成した堆肥を畑に戻し、土壌を豊かにする・・・このように地元のものが循環することで、秩父のテロワールが積み重なっていくのです。

坪内さんのレストランは、秩父夜祭で知られる秩父神社へ続く「秩父表参道Lab.」にあります。日中はたくさんの参拝客、観光客で賑わう参道も、夜の帳が下り始めると人影もまばら。昭和の面影を残す建物たちの、レトロな時間が始まります。多くのストーリーを秘めた、その語り口は饒舌です。

坪内シェフの店が入る「秩父表参道Lab.」の1階には、秩父のクラフトビールが楽しめる「まほろバル」もあります。オーナーは、坪内3兄弟の次男、純二さん(1978年生まれ)。ここには、市内2カ所の醸造所で造られる「秩父麦酒」が、常時、10種類置かれ、樽生の3種から5種の飲み比べセットも好評で、いつもたくさんの人で賑わっています。
心地好く酔った後は、2階にある「ちちぶホステル」に泊ることもできます。この民泊を経営するのが長男の明さん(1974年生まれ)で、海外にも様々な事業を展開されています。それぞれが独自の道を歩みながら、気付けば、地域創生という同じ方向を目指していたという羨ましいご兄弟です。

「私のレストランには、あらかじめ決まったメニューはほとんどありません。何故なら、野菜は、雨の日、晴れの日、その時々でまるで別の表情を見せるからです。私の料理は、まず、その食材の声を聴くことから始まります」
店の内装もほとんど手作りだという厨房で、坪内さんは語ります。

訪れたのは春。植物はこの時季特有の、身体を浄化してくれるような清冽な「苦味」を持っています。それをなるべくシンプルに、素材そのものの味を楽しんでもらいたいと、坪内シェフは、選び抜いたオリーブオイルやバルサミコ酢を使って仕上げています。
秩父を中心に食材生産者の輪も広がり、「種まく人」は、この地に、野菜だけでなく「秩父ガストロノミー」という美食文化の種もまいているのです。

クチーナ サルヴェ
〒368-0041 埼玉県秩父市番場町17-14
電話 0494-22-6227
URL https://salvagest.jp
アクセス 関越自動車道 寄居スマートICから車で45分程度
西武鉄道「西武秩父駅」から歩いて10分程度

文/宮川俊二
撮影/奥谷仁