天川村は、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成し、修験道の根本道場である「大峰山寺」や、信仰の道としては、スペイン・フランスの「巡礼の道」と、ここだけという「大峯奥駆道」を擁する、山岳信仰の聖地のような場所です。
この村が、今、一人のシェフによって、美食の地としても注目を集めています。

フランスの名店「ラ・グルヌイエール」でスーシェフを務め、帰国後、金沢の「レ・トネル」の立ち上げに携わり、「ミシュランガイド北陸2021特別版」で2つ星を獲得した砂山利治シェフです。

砂山シェフは、和食料理人でもある奥様の畠中亜弥子さんの郷里・天川村に移住。亜弥子さんの実家、「せせらぎの宿 弥仙館」の大広間をリノベーションし、2024年12月、「セン」というレストランを開きました。

天川村には、険しい山道を上る修行とともに、木材を伐り出し、川の流れを利用して、下る生活から生み出された文化があります。
天川村を流れる天ノ川は十津川から熊野川に入り、太平洋へ。木材を運ぶ大役を終えた人たちは、帰りに、海の幸を干物や発酵を活かした「なれずし」として村に持ち帰り、ご馳走としました。
砂山シェフは、山から海、海から山へ、そこで展開される食文化をコース料理で構成することを自身のテーマにしました。
名付けて、「流域料理」。

昼間は、四季の移ろいを愛でながら、夜は、「心が還る」という天川の自然の中で、湯につかり、川のせせらぎを聞きながらコース料理を楽しむことができます。

地域の食材を生かそうという砂山夫妻の最初の取り組みは、2023年10月にオープンしたジェラート店「TENKARA GELATO」です。奈良や紀伊山地の食材を使い、星付きレストランのシェフが作り出すジェラートの美味しさに、観光で訪れた人たちも大喜び。天川村出身のパティシエ・堀井悠翔さんと砂山夫妻の3人が作るジェラートは、すでに天川名物の1つに数えられています。

砂山シェフの料理を支える方々をご紹介しましょう。
「prana」の永山那月さんは、自家製酵母を使ったパン屋さんです。大地に蒔かれた種が芽を吹き、小麦となって私たちのエネルギー源になるという、命のバトンを繋ぎたいと、この仕事を選ばれたそうです。永山さんは、天川村の清らかな水を使い、シンプルに、ということを大切にパン作りに励んでいらっしゃいます。

「水が命」の素麺作り。「岡下製麺所」の岡下伸一さんは、豊富な湧き水を使い、厳冬の清澄な空気の中、昔ながらの手延べ製法で、三輪そうめん作りに勤しんでいらっしゃいます。

日本人の精神性に深く関わりがあると言われる山岳信仰は、自然を敬い、その懐に抱かれ、心の鍛錬の場とする人々によって、長く受け継がれてきました。
その伝統のなかで、砂山シェフとレストランマネージャー亜弥子さんによる新たな「流域料理」の物語が、紡ぎ出されようとしているのです。

アクセス 奈良市内から車で2時間程度。
SEN(セン)
奈良県吉野郡天川村川合267
URL https://sen-tenkawa.com/

文/宮川俊二
撮影/坂本憲司