置賜盆地を包み込むような雲海。早朝、ホテルのバスで15分ほど登ると、季節により、かなりの確率で、この幻想的な風景に出合えます。

山形県南部、南陽市にある赤湯温泉は、開湯から930年余り。歴史のある、小さな温泉町です。
今、ここが「温泉ガストロノミー」の発信地として、日本はもちろん、海外からも注目を集めています。
その話題の中心となっているのが、リニューアルされた老舗旅館「山形座 瀧波」。
社長の南浩史さんを挟んで、右がシェフの原田誠さん、左が中川強さんです。

転機は2017年でした。東日本大震災もあり、経営が厳しくなった旅館を、この家の三男として生まれ、建設省(現国土交通省)のキャリア官僚から、造船会社の社長などで腕を振るっていた南さんが帰郷、再建に取り組み、大規模なリニューアルを敢行しました。設備だけでなく、サービスや業務の見直しを行い、経営を再び軌道に乗せたのです。
そして、2023年には、旅館の離れ3棟を改装。天童木工の家具や米沢・林木工芸の照明など山形メイドに、デンマークのフィン・ユールのアーティスティックな椅子を配し、最先端の温泉オーベルジュを創り出しました。

赤湯温泉の泉質は、含硫黄・ナトリウム・カルシウム・塩化物泉で、「あったまりの湯」とも呼ばれています。特に、3棟のオーベルジュでは、湯守が24時間、源泉を適温に保つ「10割源泉」として、好評を博しています。
源泉を外気に触れさせることなく、直接、各部屋の湯船に噴出させるという、何とも贅沢な温泉です。

次に、南社長が取り組んだリノベーションが「食」でした。
新潟県でミシュラン1つ星を獲得、東京進出を図っていた原田誠シェフが、コロナ禍で計画を断念されるようだということを知るや、熱心に口説いて、この地へ。
また、原田さんのもとでスー・シェフを務めていた中川シェフも招き、3棟のオーベルジュを原田シェフ、19室の旅館を中川シェフが担当するという、贅沢な2トップ体制が出来上がったのです。

オーベルジュを任された原田誠さんのオステリアは、自身の名前にちなんで「シンチェリータ」。イタリア語で「誠、誠実」を意味します。
店舗デザインもすべて原田シェフの意向を生かし、オープンキッチンに薪火のグリル。生ハムスライサーには、最高峰のベルケルを導入しています。

山形と新潟は県境を接していますが、食文化はかなり異なっています。
「新潟では鯉は観賞用ですが、山形では食べます」と、原田シェフ。
最初は食材の違いに驚かれたそうですが、何と、シェフは、その鯉をスペシャリテの1つに仕上げました。
料理名は「恋か愛」!鯉のアラからとったブイヨンと赤ワインを煮詰めたソースでいただきます。

原田シェフの絶品料理の一端をご覧いただきましょう。

一方、中川シェフは、日本料理の経験もあり、置賜地方でとれる「土たれ芋」や「栗かぼちゃ」といった、地方色豊かな食材を使い、より「和」に近い料理を作られます。

中川シェフのコース料理を一部ご覧ください。

二人のシェフにとって山形・置賜は未知の場所でした。でも、今ではすっかり地域に溶け込み、人と自然が生み出す食材に惚れ込んでいらっしゃるようです。
この日、中川シェフは、旅館から車で1時間半ほどの飯豊町宇津沢地区に、山口さんという農家を訪ねました。
ここでとれる「宇津沢かぼちゃ」は、甘みがとても強く、スープなど様々な料理に使われています。
中川シェフは、山口さんから、置賜の人々が食材をどのように活用してきたのか、地域の食文化を学び、ご自身の料理に生かそうとされています。

山形の食と言えば、もう1つ、忘れてはならないのが蕎麦です。実は、社長の南さんは、経営だけでなく、蕎麦打ちにも取り組まれました。「山形座 瀧波」を訪問された際には、是非、南さんの蕎麦もお召し上がりください。

原田シェフ、中川シェフという名料理人を揃え、「美食と温泉」という最高のコンテンツを携えて、南社長は、「豊穣の地、置賜を日本全国に、世界にアピールしたい」と、全国規模の食のフォーラムや有名シェフとのコラボレーションを開くなど、発信力を強めています。
「温泉ガストロノミーの赤湯」が、今、熱い。シェフやスタッフとともに、次なる構想を練る南さんです。

住所 山形県南陽市赤湯3005
店名 山形座 瀧波
電話 0238ー43ー6111
アクセス 東北中央自動車道 南陽高畠ICから車で10分程度。

取材・撮影 奥谷仁