そのレストランは常陸大宮市の郊外、田畑を見下ろす小高い丘の上にあります。
それほど離れていない場所で、古民家を改装した「雪村庵」を経営し、人気を博していた藤良樹シェフ、マダムの由香さんが、一念発起、ご自身の料理世界をすべて表現できる場を創りたいと、2024年5月、この店舗を新築、オープンしました。
東京から車で約2時間。レストランに着くと、まずはテラスで、しばし寛ぎます。
里から上ってくる爽やかな風を肌に感じながらいただくアペリティフの美味しいこと!

藤シェフといえば、スペイン、「バスク」です。
フランス料理の店として地域の人々に親しまれていた「雪村庵」ですが、藤さんは、その土地ならではの食材を活かし、世界から観光客を呼び寄せている「食の都」サン・セバスチャンへの思いを断ち切ることができませんでした。そして、2019年、とうとう店を閉めて、1年間の料理修業に出かけることになったのです。

大きな刺激を受けて帰国した藤さんの成果は、「バスクの思い出」というアミューズになり、鮮やかな色・香り・スパイスで、私たちを魅了しています。

茨城は、関東圏にあるため、東京の皆さんには、わざわざ出かけることもない、意外に知られていない、近くて遠い県です。
ここには、太平洋の海があり、日本で2番目に大きな湖・霞ヶ浦、鮎の名所・久慈川、そして広大な農地…と、まさに食材の宝庫なのです。
その新鮮な食材を生かすためには、近年、スペインで注目され、全世界に広がっているアサドールという、炭や薪を使った火入れが最適かも知れません。
スペインを経験した藤シェフが、火を存分に使える、自身のレストランを作りたいと考えられたのは当然の流れでした。
気候変動で、茨城の漁港にもたくさん揚がるようになった伊勢海老や常陸牛が、シェフの手によって見事に火入れされていきます。

こうした料理を生み出すためには、たくさんの生産者の力添えが必要です。ここでは、3人の方にご登場いただきましょう。

霞ヶ浦漁港の皆藤勝さんは、この湖の特産物、シラウオ漁の名漁師。獲れたばかりのシラウオは透明です。この鮮度を保つため、皆藤さんは船の上で、シラウオを洗浄するという手間をかけ、すぐに発送します。ですから、その日のディナーには、この新鮮なシラウオを使った料理がいただけるというわけです。冒頭の、アートのような一皿は、皆藤さんのシラウオ無くしては、成立しません。

布施大樹さんは、茨城県の北端、常陸太田市里美地区で有機農法によって野菜を栽培されています。農園は、標高250mの山間部にあり、布施さんは、この地に育つ在来種の野菜も研究されています。家族経営で、土の力をダイレクトに伝えることができる貴重な生産者です。

盛付けた料理が、さらに味わいを増す器作りをされているのが、木漆工芸作家の辻徹さんです。北海道出身の辻さんは、東京芸術大学大学院を卒業後、大子町に移り住み、漆の生産から精製、木の器の製作、そして漆塗りまで一人で仕上げる大子漆の第一人者です。
「一貫したものづくり、それが私たちの製作の基本です。そうすることで、作品への思いを貫くことができるのです」
藤シェフも、「常陸の食材で料理し、盛付けることにより、自然に漆の器が馴染み、この地方の新しい可能性を感じます」と、おっしゃいます。

たくさんのプロフェッショナルに支えられ、出来上がる藤シェフの料理世界、その一端をご覧いただきましょう。

もう一人、このレストランになくてはならない存在、それは、もちろんマダムの由香さんです。
皆さんを飛びきりの笑顔でお迎えし、料理とワインのサービスをされる由香さん。シェフとお二人が醸し出す温かい雰囲気は、料理の味を、さらに引き立てているようです。
「常陸の国が、バスクのような美食の目的地になるように」
藤良樹・由香夫妻の挑戦は、始まったばかりです。

住所 茨城県常陸大宮市石沢字上ノ坪1107-1
店名 YOSHIKI FUJI
電話 0295-53-0330
アクセス  常磐自動車道 那珂ICから車で30分程度。

文/宮川俊二
写真/小松勇二、奥谷仁