東京というと、皆さんは都心のビル街を思い浮かべられることと思います。
しかし、東京「都」は、深い緑の奥多摩から、遙か北太平洋の小笠原諸島まで、約1000キロにも及ぶ広大なスケールの中にあります。
その東京でとれる食材の魅力を引き出し、「東京ローカル・ガストロノミー」として国内外に発信しているのが、2023年10月、あきるの市にオープンした「ラルブル」松尾直幹シェフです。

松尾さんは、西多摩出身で、帝国ホテルに就職し、21年間務め、「レセゾン」での最後の4年は名シェフ、ティエリー・ヴォアザン氏のスーシェフを務めました。
ホテル在職中から、奥多摩で畑を借り、自ら野菜栽培をしていた松尾さんが、野菜作りの師匠から紹介されたのが、明治8年頃に建てられたという小机家住宅。現在、都指定有形文化財に指定されている建物です。

一目で惹かれた松尾さんは、ここをレストランとして活用できないかと、11代目当主・小机篤さんに交渉、快諾を得ました。
小机さんは、現役の「木樵」。林業に勤しみながら日本全国を釣り歩く趣味人でもあります。
明治の頃、五日市は林業が盛んで、名前の由来となった毎月5日の木材市で栄えていました。
「昔、渋谷が村だった頃、五日市は町だった」というのが、この町の人々の誇りです。

小机家は、金融業で財を成し、当時、銀座など街中で流行っていた、外観は洋館で、内部は和モダンの、擬洋風建築の建物を奥多摩の地に造りました。
重厚な梁や階段、襖に、明治の時代を感じます。
食事の際は,グループの個室として、また、食後は、デザートをいただきながら、往時を偲びます。

レストランは、文化財の指定から外れていた厨房部分にカウンターを新設、薪焼きの炉も据えました。

松尾さんは、海の食材を求めて小笠原諸島を訪れ、奥多摩の自然が育んだ山の幸と合わせます。

松尾さんに,レストランを支える食材やその生産者を、ご紹介いただきました。
まずは,シェフ自身が「清水農園」清水孝之さんから借り受け、野菜作りをしている「クロ・ド・ラルブル」。その日に使う野菜を収穫します。
ここでは、店から出る生ゴミをコンポストで畑の肥料にして利用しています。

養沢ヤギ牧場の堀周さんからは、シェーブルチーズやホエイ、ヤギ肉をいただき、堆肥の提供も受けています。

水哉亭の故長井(こながい)雄喜男さんは、清流を利用して山女魚を養殖していらっしゃいます。

ぶらり歩いていると、愛犬と散歩中の中村義則さんに出会いました。実は、この人、鮎釣りの名人なのです。季節には,中村さんが釣った鮎が「ラルブル」の皿にのります。

「トリゾーファーム」の山下恵さんは、ご主人の竜太さんとともに烏骨鶏を育てていらっしゃいます。松尾さんの野菜作りの師匠でもあり、堆肥をいただくと同時に、店から出る魚や鶏ガラを烏骨鶏の餌にしてもらっています。

「コンパン」の伊藤源喜・華奈夫妻。美味しいブリオッシュ、カンパーニュ、ノアレザンを作られます。この日はお休みで、ゆっくり寛いでいらっしゃいました。

「ヴィンヤード多摩」中野多美子専務。このワイナリーは現役の歯科医師さんが社会貢献にと開かれたもので、あきるの市の葡萄を中心に敷地内で醸造も行っています。

まだまだ、沢山の食材提供者がいらっしゃいますが、こうして見ると、奥多摩では、いかに多くの生産者が、真摯に自然との共存を図り、循環型社会の形成に努めていらっしゃるかが分かります。

松尾シェフは、自然と人に恵まれた奥多摩の地で、そのすべてを受けとめ、料理に投入。都心では難しい大胆な火や煙を使い、飛びきり美味しい料理を作り出しています。

アクセス: 圏央道あきる野ICから車で12分程度。
ラルブル
住所: 東京都あきる野市三内490
URL: https://www.larbretokyo.com

文/ 宮川俊二
撮影/ 奥谷仁