そのレストランは、JRいわき駅から車で10数分の小高い丘の上に開けた住宅街にあります。今や、この店のためだけに全国から食通がいわき市を訪れるという「HAGI」です。
シェフの萩春朋さんは1976年、いわき市に生まれ、辻調理師専門学校フランス校を卒業後、フランスで研鑽を重ね、2000年、この地に、ソースや香辛料を効かせたオーソドックスなフランス料理を提供する「ベルクール」というレストランを開きました。

そんな萩さんの人生と料理を変えたのが2011年の東日本大震災でした。
レストランから客足が遠のき、1日1組限定にして営業する中で、萩さんが改めて気付いたのが、いわきの食材の素晴らしさです。
生産者のもとを訪ね歩き、思いを同じくする人と語り合いました。
こうして生まれたのが、「鮮度と命は、巻き戻しが効かない」、常磐物の素材を活かし、薪焼きを中心に据えた現在のスタイルです。
店名もご自身の名字から「HAGI」としました。

「漁港まで15分、畑まで10分」、何度も畑に通い、大震災後の苦境を共に乗り越えてきたのが、「ファーム⽩⽯」の白石長利さんです。
2haほどの畑でブロッコリー、人参、⼤根、⽩菜、ネギ、⾥芋、ナスなどを育てている白石さんは、現代受けする食材ではなく、あくまでも普通の野菜を無農薬、無化学肥料の自然農法で丁寧に育てています。
そこに、萩シェフの薪焼きの炎や熱を活かした技術が加わり、こんなスペシャリテが生まれました。
「⼈参の薪焼き」は、素材本来の⽢さを引き出すため、炉の上に2⽇間ほど置きます。白石さんの⼈参は焦げにくく、旨みが凝縮した美味しさに、訪れる人はただ唸るばかりです。

「ここに来なければ食べられない」と喜ばれる、萩シェフの魚料理を支えているのが「梅⽥⽔産」の梅⽥将⼀さんです。
キーワードは「雑魚」。取り扱う⿂はフグなどの高級魚もありますが、メヒカリや未利用魚といった⼩⿂の仕立てにその神髄があります。地元の人はこれを「雑魚」と呼んでいます。萩シェフは、都会などに流通していない新鮮な「雑⿂」が、実はとても美味しいことを梅⽥さんから学んだそうです。
「私は、梅田さんの⽬利きを信じています。同じ⿂でも季節によって味が変わる、それを教えてくれるのも梅⽥さん。そして、その包丁さばきは、『神業』と言えます。毎日、漁港に来て、どんな魚が獲れたのか見て回るのが楽しみです」と、萩シェフは語ります。

料理とのマリアージュにも地元「いわきワイナリー」のワインを組み込んでいます。現オーナーの四家⿇未さんは、お⽗様が、ハンディキャップのある人たちに就労の場をと、ワイナリーを創設された時から⼿伝っていらっしゃいます。「HAGI」 専⽤のボトルもあり、お客様の中には、レストランで飲んで美味しかったからと買いに来る⽅も多いそうです。この葡萄園は、地質を調べるとメルロー種の栽培に向いていることがわかり、メルロー、マスカット、シャルドネ、甲州など、単一品種のワインが高く評価されています。ゆったり、時間をかけて造られたワインは、とても繊細な味わいで、萩さんの鮮度溢れる料理と好相性です。

大震災の後、フランス食材ではなく、地元の産物に目を向けたことで開けた萩シェフの料理世界。それは、常磐・いわきを、ガストロノミー・ツーリズムを愛する人々の「一つの聖地」にした瞬間でもありました。

かつては、石炭産業と地域の生活を支えたJR常磐線。車内で普段、見慣れない人や外国人に出会えば、皆さん、「HAGI」に向かうグルマンかもしれませんよ。

住所 福島県いわき市内郷御台境町鬼越171-10
店名 HAGI
電話 0246-26-5174
アクセス 常磐自動車道いわき中央ICから車で5分程度

取材・撮影 奥谷仁